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佐川官兵衛を射殺したのは薩軍ではない

会津藩の元家老佐川官兵衛は西南戦争で薩軍の銃撃により戦死とされている。


銃撃を受けて戦死したのはその通りだけど、銃撃したのは薩軍じゃないんだよね。


佐川を射殺したのは長野唀という農民だった。


西南戦争と前後して、熊本、大分、宮崎などで農民一揆が発生しており、佐川が戦死した阿蘇方面では阿蘇一揆というものが起っていて、その一部が薩軍と連携していたんだよね。


で、佐川らが二重峠というところで薩軍を攻撃していたとき、側面から現れた阿蘇一揆の指導者の1人長野唀が佐川を射殺したってわけ。


これが事実なんだけど、なぜこの事実が広まらないのかね?


会津藩元家老たる者が1平民に射殺されたとあってはカッコ悪いからってことなのかな?






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| 日本史 | 05時24分 | comments:1 | trackbacks(-) | TOP↑

会津は朱子学が盛んで、差別意識が強かったみたいですから、平民に射殺されたなんて認めたきないでしょうな。

| 鉄 | 2019/08/21 18:42 | URL | ≫ EDIT















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